ブログをずっと続けてて実感としてわかることのひとつに、温めたネタはつまらないというのがあります。
どういうことかというと、 あの〜、なんていうんでしょう、、、
ぱっと閃くときがあるんです。
ああ、これひらめくと読むんですけど。
そう、「ひらめく」です。
これは面白い話になる!俺天才じゃね?これは明日の日記で出そう!って、その時は思うんです。
で、次の日、下書きしといたその文章、上げる前に読むでしょ。
これがねぇ、クソつまんないんですよ。もう、びっくりするぐらい。
この感じわかるひといるかな。
若かりしときにラブレターなるものを書いたことのある世代だったら多少理解してもらえるかもしれないです。夜中に書いたラブレターがクソ小っ恥ずかしい、あれのバージョン違いみたいな感じ。
まさにあの感じ。
出すときにリアルタイムで書かないとダメね。
ほんとダメです。アップするときに思ったことを書いて出すのがいいです。私の日記の下書きほど私が読んでつまらないものはないです。
私が読んでつまらないと感じたものを出すわけにはいかないし、これは仕事でも同じですし、最近では、YouTubeも同じですかね。
前もって考えてることっていうのはことごとく全て全部ボツになってます。
やっばり時代の動きが早いのに引っ張られてるんでしょうかね。
私自身がすぐ飽きちゃうんです。
動画を編集してて、結構長いシーンとか最初は入れてるんですけど、BGM入れたり、ナレーション入れたりするたびに同じシーンを見るわけで、そうするともう飽き飽きするんです。
で、飽き飽きしてるから、「もっさいなぁ」って思ってバッツンバッツン切り刻んでしまうんです。
その結果、うちの動画の特徴である、細かいカットの切り貼り編集になるんですよね。あれは、私が自分の動画に飽きた結果です。
それと似たようなことが日記にもあって、前もって考えたことって書く時にもう飽きちゃうんです。
だから書くとき今思ったことしか書けないんです。
書くとき思ったことを書いて出してるだけのこの日記が、他人から見て面白いかどうかはわかりませんけどけね。
少なくとも最低限、私は自分で書いて一回だけ読み返して「読むに足る」と思ったら出してますからね。
でも、それって、私の持論である、「練習はしちゃダメ」に通ずるんです。
練習は所詮練習でしかなく、そんなものはしても意味ないと本気で思ってるんです。
だから大会が用意されてるようなスポーツというのは、自分には向かないんです。
やることは、全部本番であるべきだと思ってるんです。
そこでのミスは、今月の売り上げ詰むぐらいの緊張感でやってこそ、本当の練習になると思うんです。
これ、本気で思ってるんですよ。
溶接なんかいい例です。
失敗してもいい母材で何十時間やったとて、失敗出来ない一発の本番の経験には、身体に身につくという意味では、敵わないですよ。
多分、溶接うまいひとは、同じこと言うと思いますよ。
「練習はするな、本番だけやれ」
って。
しらんけど。
どれ、
明日の分の日記書いたから、ゆっくり寝よ。
おやすみなさい。
お察しのとおり酔うてますし、この酔って書いたブログもシラフで読み返したら恥ずかしくていられないと思うけど、読み返しませんし、削除もしません。
恥ずかしいことをアウトプットしたちゃったら、それを削除するのではなく、あらたにアウトプットを繰り返し、アウトプットだらけにして、その恥ずかしいアウトプットを薄めるのです。それこそが身になる本番での練習です。
この日記もシラフで読み返すことはないでしょう。
薄めるために、ずっと書き続けるのみです。